元カレとヨリを戻すって、腐った卵を孵化させるくらい難しいんじゃない?

「もう別れよう」何度もそう決めてみて、だけど言い出せなくて。やっと言いだして見たと思ったら、いざさようならだと思うと苦しくて引き止めてしまう。

「別れたい」「別れたくない」「別れなきゃ」「別れられない」…。

そんなやりとりを何度も続けていくうちに、壊れていく二人の関係。そしてようやく来る、本当の別れ

別れた直後って、実はそんなに辛くなかったりもするものだ。実感が湧かなくて、一通り泣いて見た後は案外落ち着いていたりする。

だけどちょっと時間が経つと、ありとあらゆる場面で、その「寂しさ」が騒ぎ出す。

いつもの上司の愚痴を、こぼす相手が横にいないことに気づいた時。あの日見た映画の続編を、誘えないことに気づいた時。
「おはよう」や「おやすみ」の連絡は来ないし、週末の自由な時間は、なんだか空っぽだとため息をつく。

そしてじんわりと実感する「永遠のお別れ」は、本格的に胸を引き裂き始める。

今頃誰かと一緒にいるのだろうか、だけどそれを咎めることもできない。あの思い出の店には、もう二度と一緒に行けないのか?

じんわりと騒ぎ始めた苦しみは、胸の中にひろがって、「忘れられない」という言葉を作り出す。

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日常の中で、どうしても頭に浮かんできてしまうあの人。誰と一緒にいたって埋まらないその穴。

会いたい人に会えない時って、
一番辛い。

それが今まで会えていた人なら、尚更だ。

「離れてみたら戻りたくなった」その気持ちの意味は

同じ感情を維持するのは、難しい。
それは「悲しみ」でも「喜び」でも同じことだ。

人の心は、良い意味でも悪い意味でも麻痺していく。

ずっと悲しいことを言われ続ければ何も感じなくなるし、同じ幸せに浸っていたら、それが幸せだと感じにくくなるのだ。
周りを取り囲む感情の温度は徐々に冷めて、いつしか心と同じ温度になり、そしてついには境界線がなくなる。

私達は誰かと別れる時、そんな生ぬるい温度の中にいることが多い。うんざりとした退屈だったり、無関心の中にいるのだ。

そして、そんな中にあった何かのきっかけが引き金になり「この人とは別れるべきだ」と決意する。

「だって幸せじゃなかった。ずっと一緒にいたけれど、やっぱり幸せじゃなかった。」

全ての決意の良し悪しは置いておいて、何度も「別れなければ」と思いながらも、別れられなかった関係において、この決意は正しいことが多い。
ようやくできた「決心」である。

そして私たちはようやく別れを決め、ひとりになることに成功するわけだが、皮肉なことに、この「別れ」こそが、その関係に今までなかったスパイスになってしまうことも多いのだ。

大切にしてくれなかった相手が、最後の最後にだけ甘い言葉を吐いて思い出を語ってきたり、退屈だった相手と、最後のデートに行ってみたりもする。

そのたった少しの「スパイス」が、私たちに昔の記憶を思い起こさせて、寂しくさせてしまう。

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そしてようやく一人になった時には、今までの退屈だった、苦しかった記憶はどこか遠くへ消えていき、ついさっきまで、幸せだったかのような気持ちになってくるのだ。

「あれ?もしかして別れなくても良かったんじゃない?」

なんて思ってしまうのは、このせいだ。
だけどその気持ちは、錯覚にすぎないと私は思う。

私達は、思い出を美化する生き物だ。

どんなに最悪なことがあったって、過去になってみれば「そんなこともあったな」って微笑んじゃうのが人の良いところで、悪いところでもある。

だけど忘れないでほしいのは、それは遠く離れたからこそ感じる「懐かしさ」を伴った病であり、正しい感情ではないということだ。

戻ればまた「いつもと変わらない最低な日常」があるだけだから

賃貸でお部屋を借りることを思い浮かべて見てほしい。

唐突だが私はいつも、復縁問題を「賃貸マンション」に例えて話すのだ。

あなたは、狭い部屋に住んでいて、その部屋は駅から少し遠い。職場にも遠くて、毎日その移動距離にうんざりだったし、シャワーの水圧も弱くって、時々エアコンも壊れる。

だからあなたは考えに考えて、今のマンションを引っ越しすることに決めたのだ。

前のマンションよりも立地が良くて、シャワーの水圧だって最高だ。
あきらかに条件が良い部屋に引っ越したあなただけれど、きっと時間がたってから時々こんなことを思うのが想像できないだろうか?

「あの部屋も良かったな」「あの部屋で過ごしていた日々に戻りたいなあ」

ほんの朧げにだけれど、なんとなく、そう思ってみる日が、誰にだってある。
人は思い出を美化してしまうから、あれだけイライラしていたシャワーの水圧だって、すぎてみれば笑いごとなのである。

辛かった思い出ですら、なんだか懐かしくて、ノルスタジックに思えてくる。そして思う。

「戻ってみたいな」と。

何も部屋だけじゃない。
大人になりたくてしかたなかった子供時代、勉強が辛かった学生時代、先輩に頭が上がらなかった新卒時代。

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そこにはそこの地獄があって、ようやくどうにか抜け出してきたはずなのに、それが過去になった途端、私達は「懐かしい」というフィルターをかけ、あたかも夢の中の幸せな時間だったかのように錯覚してしまうのだ。

これが、恋愛になればなおさらだ。

あれだけ苦しかったのに、あれだけ我慢してようやく決意したのに、それでも「懐かしい」はそれらを覆い隠して、「幸せだった過去」に変えてしまう。

だけど、どうか惑わされないでほしい。
それは今、私たちが違う場所にいて、遠い場所からノルスタジックな感情に浸っているだけなのだ。

もしもあなたが元に戻ったって、夢のような、最初の頃のような感情なんて、戻ってきやしない。
ただ、最後に感じた退屈な、悲しい、そんな変わらない感情から、リスタートするだけだ。

私達が決断した日から、状況は何も変わっちゃいない。

幸せに変化したのは、私達の頭の中だけのできごとなのだ。

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これに惑わされて元に戻ってしまうと、また一週間もたたないうちに苦しい感情に後戻りだ。

別れを決意した時を思い出してほしい。
そんなに簡単じゃなかったでしょう。大好きで、それでも許せなくて、苦しくて、嫌な思いをしてきて。

長い間天秤にかけてようやく「別れる」と決めた相手だ。別れる理由は明確だった相手だ。
そんな理由たちは、まだ生きている。状況は変わっていない。

戻ったって、同じなのだ。
何度考えなおしたって、あの決意は、間違っていない。

あなたは「元カノ」であると理解すること。

 それからもうひとつ、誰かと別れた私たちが、理解しておかなければならないことがある。

それは、私達はもう「元カノ」であるということだ。

どれだけ長い間相手と一緒にいた過去があったとしても、どれだけ泣きながら別れたとしても、「別れた」という事実がある限り、あなたはもうすでに元カノなのである。

そして「元カノ」といういうものは、男性にとって一番、退屈な相手だったりする。

女にとって、ビビッときた男性を狙い落とすのは、案外簡単だ。なぜなら、多くの場合、男性にとってあなたは「知らない相手」だからだ。

男は知らないものを知りたがるし、見えないものを見たがるし、それらを攻略したがる。

そんな彼らにとって「知らない相手」ほど、魅力的なものはない。

可愛い顔より、エロい体より、知的な態度より、長年築いてきた信頼関係より、時々この「知らない」という部分しか持たない女が、男に全てを裏切らせてしまうほどに魅力的にうつるのだ。

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そして「元カノ」であるあなたには、男が一番魅力を感じる、興味を惹かれる「知らない」という部分が存在しない。

つまりは、あなたが「よりを戻してもう一度好きになってもらう」という願いは、想像以上に…ものすごく難易度の高いことなのである。

誰よりも彼を知っている、分かり合っている、というのは、ここでは誰かより優位に立てる魅力どころか、「退屈なポイント」になると思った方が良い。

そんな彼を落とすためには、彼がもう一度知りたくなるように、見た目を変えてみたり、態度を変えてみたりっていろんな駆け引きを死に物狂いでやっていかなければならないと思うけれど…

もう二度と戻れない幸せの幻想を追いかけてそんな努力をして、難しい獲物を狙うよりも、もっと素敵な男性に目を向けた方がうんと簡単なんじゃないのかな、ってのが私の本音。

ほら、よーく見てみてよ。

その男、そんなに魅力的?

コラムニスト

yuzuka

 

 

恋愛エッセイを中心に書いている作家、コラムニスト。著書に「大丈夫、君は可愛いから。君は絶対、幸せになれるから」(KADOKAWA)「LONELY?ねえ女の子、幸せになってよ」(セブン&アイ出版)がある。書き物以外にもイベント主催や舞台プロデュース、オウンドメディアの編集長など、幅広い分野で活動している。

Twitter:@yuzuka_tecpizza